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軽率は力なり

↑座右の銘

加藤シゲアキ「傘をもたない蟻たちは」を読んだ

シゲアキさんの「傘をもたない蟻たちは」を読んだので感想です。ネタバレしかないよ!

 

傘をもたない蟻たちは

傘をもたない蟻たちは

 

 シゲアキさんの作品はピンクとグレーしか読んだことがなかった。ピングレには「間違いなくすごいし面白いし好きだけどちょっと荒削り」という感想を持って、しかも私が感じたその面白さには「これを書いたのはNEWSの加藤シゲアキである」という側面が間違いなくあった。(けどこれはシゲアキさんがピングレを書くことになった経緯を考えると、こっちがそういう感想を抱くのもシゲアキさんの思惑通りなのだろうなという感じなので悪いことでは全然ない。というよりそういう面白さを狙って書いて、狙い通りにまんまとこちらを翻弄したシゲアキさんの賢さと力量を賞賛するべきところだと思う)

というように、加藤シゲアキというアイドル兼業作家への印象は上のような感じだったのですが、傘蟻はピングレの時に感じた文章の荒削りさがなくなって小慣れててとても読みやすかった。そして純粋に小説としてとても面白かった。「作者はNEWSの加藤シゲアキである」というフィルターがなくても小説として普通に面白く、「アイドル兼業作家」というカテゴリではない、ただのイチ「作家」としても全然戦えるんだなぁ!というのが衝撃的だった。(単行本にまとまる前の雑誌掲載時から読んでた人にはすごく今更なんでしょうけども。あと微妙に上から目線で申し訳ない。でも本当に素直にそう思った)


どれも面白かったのだけど、個人的には「にべもなく、よるべもなく」がすごく好き。
私は「あいつのことなら俺は何でもわかってる」というのより、お互い「あいつのことマジぜんっぜん理解出来ねぇわ~」って思いながらも相手に一目置いてるという男同士の関係性が好きだ。*1けれどもこういう「理解出来ないものは理解できないものとしてそのまま受け入れる」という関係性が築けるのって双方が大人になってからだよなと思う。私自身もそういう境地に至れたのは20代後半になってからだったので。そしてこの「にべもなく、よるべもなく」はまだその境地に至れてない思春期の少年の戸惑いと葛藤が書かれてて、そこがとても良かったし好きだった。

 

どうしてこんな思いをする必要がある。無理してまですることか。

そう思う自分も確かにいるけれど、ケイスケを理解してやれるのは自分しかいなかった。ケイスケが同性愛者だって知っているのはきっと僕だけのはずだ。ケイスケは、僕ならわかってくれると思ってあのとき本当のことを言ったんだ。彼を裏切りたくなかった。彼を理解してやることは僕にとっての義務に思えた。

 

ここが最高に青臭くてイタくて好きだ。「理解できない」「共感できない」ってことが「悪いこと、ダメなこと」ではないってことに気付いて少年は大人になるのだ。

けど、こういうことを思うのはある程度歳をくってこの境地に辿りつけたからで、今まさにこの葛藤の中にいる子たちにとっては苦しくて苦しくてしょうがないのだろうな、というのもなんとなく身に覚えがあって、自分の思春期を思い出して心がヒリヒリした。

 

 

www.kadokawa.co.jp

「にべもなく、よるべもなく」を読んだあとにこのシゲアキさんと朝井リョウさんの対談を読んだのですが、シゲアキさんはそこでこんなことを仰っていた。

書きたかったのは「理解したいけど理解できない」という気持ちでした。

 

共感できないものをもっと面白がってほしい。

 

 私も最近こういうことについてよく考えててとても興味のあるテーマなので、私の今のこの興味や心情にスコーンと綺麗にハマったというのもあって「にべもなく、よるべもなく」がとても面白かった。

 

 

傘ありの感想と言いつつ、にべもなくよるべもなくの話しかしてない!イガヌとインターセプトも面白かったです。居心地や気持ちの悪い読後感がクセになる。笑

今まで散々色んな人が言ってるの見たけど、イガヌとインターセプトは本当に世にも奇妙な物語で映像化して欲しいですね。

*1:そういう点でNEWSさんはテゴシゲが好きです、という余談。本当に余談。